YouTubeを始めて、6年が経ちました。
気づいたら…6年という感じもあるし、
なんとかしがみついて6年という感じもあります🤔
今日公開した動画は、
少し病んでいる状態の私でしたが、
この6年の間に何度か経験しています。

↑クリックしますとYouTubeに飛びます
動画でも綴りましたが、
続けられたのは、視聴者様のお陰です。
そしてもう1つ他にも理由があります。
今までに何度か話している内容も混じりますが
このブログで纏めさせてくださいm(__)m
長女との衝突
長女が高校3年生あたりから、
私にとって問題と思える行動が
増えたように思う。
具体的に言うと、
23時過ぎても帰ってこない。
私自身はどうだったか?はちょっと置いておいて(^^;;
高校生がアルバイトできる時間は
22時までのはずだから、
どんなに遅くとも23時には帰宅できるはず🤔
帰れない時は必ず連絡をするように
伝えていた。
連絡はある日とない日があり、
その度に衝突をしていた。

スカートがとっても短かかった事も
帰宅時間を気にする要因だったかも…


※写真は娘が高校生の時
長女を束縛している?
長女にとって、
私のそれは『束縛』だろうが、
私にとっては違う。
責任の所在の問題なのだ。
例えば何かの犯罪に巻き込まれた際、
責任を問われるのは私。
親の教育や、家庭環境のせいと、
20歳までは(当時の成人は20歳)
言われるものだから。
しかも反論もできないし…
アルバイト後はすぐに帰ってきてと伝えていたし
それを守ってもらいたく衝突が起きていた。
印象に残っている長女の発言がある。



20歳までなんてきっと嘘。
多分ずっと続くと思う…
つまり私の『束縛』は
成人した後も続くと思っていたそうだ。
『責任の所在』の話はしたが、
本当の意味での理解はしてもらえなかった。



そんなわけないじゃんw
私は言い返したけれど、
当時は全く信じてもらえなかった。


YouTubeを見たことがない
高校3年生で、中退したいと言い出した時は
本当にこの子ヤバいと思った😅



あと半年で卒業なのに?!?
無事に高校は卒業したが…
その後も就職せず、どこに所属する事もなく
長女はピンクの髪色で元気に過ごしていた。


ある日、『しくじり先生』というテレビを
皆で見ていた時の事。
見ていたというより、
ついていたという方が正しいかも。
『ヴァンユン』がゲストで登場していた。
※ヴァンユン:当時大人気のYouTuber
私はYouTubeを見たことがなかったから
彼らが誰かわからなかった。
動画の作り方や、
サムネイルに命をかけている話だとか
技術的な話をされていて
とても興味津々に見た記憶がある。
ちょっと傲慢かもしれないけど、



これくらいならできそう…
そう思った私だった。
保育園や小学校の卒業、
知人の結婚式など
ムービーをよく作っていて、
動画に関して自信があったのだ。



動画制作の会社は全て不採用だったけどね
ヴァンユンを知らないの!?



知らないなんて!!嘘でしょ!?
長女は大変驚いていて、
そして彼らに憧れているのがわかった。
言葉で言い表すのは難しいが…
毎日フラフラして(そう見えた)
ふわっとした危なっかしい長女が
ずっと心配だった。
目標を持って志すものがあったとしたら
衝突も含めて何かが変わるかもしれない🤔
『何か』が何かはわからないが(^^;;
ドラマチックに表現すると
一筋の光のように感じた。



一緒にYouTubeやってみない?



やる!!
即答だった。


長女は3ヶ月で辞めた
2年後には次女が大学進学を希望していた。
私は少しでも学費の足しにしたくて
パートに出るつもりでいた。
その為YouTubeは1年だけと決めて、
スタートさせた。


そしてご存知の方も多いと思うが、
娘は3ヶ月でYouTubeから去った。
現旦那様と半同棲をしていて、
週に1度実家に帰って撮影をしていたのだ。
それが面倒になったのだと思う。
辞めたいと言われた時は
とてもショックだった。
そして腹立たしかった。
あまりの悔しさから、
娘が玄関を出る際
私は捨て台詞を放った。



私は絶対10万人にいってみせる!
みゆかは後悔すると思う!


※当時はアイコンも娘の顔だった
長女は『うん』と小さく答えて、
玄関の扉を閉めた。
1人になった私。
でも、もう『娘の責任は無い』
それだけは救いだった。
家族の時間は全てYouTubeに注ぐ
自分も辞めるという選択肢は無かった。
もちろん編集が大好きというのも大きいが
ここで辞めたなら、
先に立ち去った長女と
同じ事をしていると思ったからだ。
(それほど悔しかった)
意地でも1年やり切って、
その姿を娘に見せたかった。
執念w
娘がいなくなった後、
夫とリスタートしたみゆみゆチャンネルは
1年後にはパートと変わらない収入を
得られるようになっていった。
そうは言っても、
収益化できた当時は
月数万円の収入で、こころもとなかった。



週2回投稿すればなんとかなるかな?
そんな単純な計算で
一時期週2で公開していた事もあった😅
収益はどんどん増えていって
家族の時間は全てYouTubeに注いだ。
家事も夫にほぼ任た状態だった(多分)。



私は編集の技術が手に入る!!
そう思って自分に火をつけたのは本当だけれど、
次女の学費の為にも頑張っていたと思う。
これが最後の職業と思っていた
私は3年以上継続して
何かを続けられた記憶が無い😂
だから私にとって6年続いているのは
驚異的なのだ。
ちなみに夫は20年
同じ職場でサラリーマンである。
飽きっぽい私だが、



YouTubeが私の最後の職業だ!!
そう思って発信を続け、
3年程経った頃、
辛く感じてきた…
次女は大学に進学し、
肩の荷が少し降りた頃だった。
気分転換に以前やっていた
ウーバーイーツを再開させようか?
とも思ったが
久しぶりに開くアプリは
システムが変更されていて
いろいろ読むのが面倒ですぐに閉じた。
そしてレンタルコスチューム屋に
面接に行ってみた。


↑ウーバーイーツやっていた時の写真
毎度の不採用通知
女性の経営者で、
面接の時なぜかちょっと
怒っていたように感じた。
面接の帰り際には、



本気度が感じられない
ちょっとだけ懐かしい香りがした。
(本当に匂うんとちゃうで)
昔娘の友達のママさんから
言われたことがあるのだ。



友達を作りたいオーラが無くて
声かけずらかったよ
言われた時衝撃で。
どうやったらオーラって出せるの😅
面接は当然不採用だった。



でも怒られる筋合いはないよなぁ…
YouTube開始して4年たったある日、
また辛くなって
近所の弁当屋に面接に行った。
不採用だった。
5年たったある日、
また辛くなって
就労支援施設に面接に行った。
不採用だった。
年齢なのか、パワー不足なのか
先の女性社長の言う通り、
本気度が伝わらないんだと思う。
毎度の不採用通知に
心はズキッとして、
そしてまたYouTubeに戻っていった。
もちろん戻った先には
あたたかい視聴者の皆様がいたからだ。
なんやかんや6年続いた理由
占い師になろうと、
通っていた時期もある。



私は資格もないし、推しもいないし、目標もない…。
(推しがいる女子のパワーは計り知れない)
更年期の影響もある気はするけど
年々増し増しに悲観的になる私に、
夫はいつも優しかった。



辛かったら休んでいい
この言葉が6年続ける要に
なっているかもしれない。
出会ったばかりの頃、
夫はうつ病だった。
私は当時どんな声をかけていただろう…
覚えていない。
まさか夫が今
私を支える存在になるなんて。
出会った頃の私には
想像もできなかった。




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コメント
コメント一覧 (4件)
聞いたことのある話でも文章で読むとまた改めて想いを馳せるという感じになりました。何度もお伝え過ぎて嘘みたい受け取られるかもだけど、私は本当にみゆみゆchで考え方や世界が変わったし、しんどい時も元気になれてました。だけどその裏でゆっこさんはしんどかったのかと思うと、今のととちゃんがゆっこさんを支えている様に、私も恩返しというか、ゆっこさんを支える存在になれていたらいいなあと思います。ゆっこさんのいう視聴者様のひとりであれたら嬉しいです。
支えになってます😭いつも視聴いただきましてありがとうございます🙇♀️
YouTubeうるうるしながら拝見しました。
家庭もありYouTubeを6年続けるのは本当に大変な事だと思います。
でもみゆみゆチャンネルのゆっこさんファミリーのファンになり一視聴者ですがたくさんの癒しや元気を貰いました。
たまーにホントにたまーにの動画でも出してくれたら嬉しいです。
でも無理はしないでくださいね。
旦那に大好きと言えない私ももう少しゆっこさん見習わないとなー🤭
YouTubeにコメントできなかったのでこちらにコメントさせていただきました。
そのように言っていただきありがとうございますm(__)m
是非伝えましょう〜💗あなたのせいで私は幸せですと😆
ご主人様の活力になりますきっと😍